DPの眼で見るマタニティ/ニューボーン撮影——光と構図は絵画史から来ている
Curated by Ryo
なぜこの記事を選んだか
妻が妊娠しまして、人生で初めてマタニティ/ニューボーン撮影を(しかもプライベートで)することになりそうなのでリサーチして書いてもらいました。
マタニティやニューボーンの撮影って、一見すると映像の現場とは別世界に見えるかもしれません。でも撮影監督の眼で分解していくと、使っている道具立ては驚くほど地続きなんですよね。やわらかい大きな光、肌のトーン、被写体を支える三角形の構図……どれもDPが日々向き合っているものとほぼ同じです。
そして面白いのは、その道具立ての多くが映像より前、絵画の時代に出揃っていることです。光の置き方には画家の名前がついているし、母と子の構図はルネサンスの聖母子像と地続きでした。この記事では、マタニティ/ニューボーン撮影の技法を5つの切り口で並べながら、それぞれを絵画史・写真史につないでいきます。「映像のライティングは絵画から来ている」という話を、出典を引きながら確かめていく感じですね。
なお、新生児のポーズには安全という重い論点があります。そこだけは推測で書かず、団体の指針を引いて慎重に扱います。
1. やわらかい大光源——なぜ窓の光は赤ちゃんに合うのか
マタニティやニューボーンで真っ先に効いてくるのが、光のやわらかさです。母体の丸みや新生児の肌に硬い影が落ちると、途端に「医療っぽさ」や「ぎこちなさ」が出てしまう。だからこの分野では、大きくてやわらかい光が基本になります。
ここは物理が素直に効くところですね。光のやわらかさは、被写体に対する光源の「相対的な大きさ」で決まります。Aaron Taylor のライティング解説はこう書いています。
the size of your light source relative to your subject determines whether or not you will have soft light or hard light. The bigger the light source in relation to your subject, the softer the light will be on that subject. (aarontaylorphoto.com)
しかも、光を被写体に近づけるとさらにやわらかくなります。距離が縮むぶん、見かけの大きさが増すからですね。
by getting closer, the light source becomes bigger by comparison; therefore, the light becomes softer. (aarontaylorphoto.com)
結果として影の出方も変わります。同じソースは、硬い光が「abrupt and instant」な明暗の切り替わりを作るのに対し、やわらかい光は「gradual」な移り変わりを作ると説明しています。新生児の肌で欲しいのは、まさにこの gradual な階調なんですよね。
ここで一点だけ注意しておきたいのは、よく一緒に語られる逆二乗の法則(inverse-square law)は、厳密には光の「落ち方=明るさ」を支配する話で、影の縁のやわらかさそのものとは別のメカニズムだということです。やわらかさは光源の見かけの大きさで決まる。明るさの落ち込みは距離で決まる。混同しないでおくと現場で迷いにくい気がします。
この「大きくてやわらかい光」の源流をたどると、画家のアトリエに行き着きます。北窓の光、いわゆる north light です。Vermeer のスタジオを論じた解説は、北の光が好まれた理由をこう書いています。
northern light is cooler than southern light, but above all because it is diffused and relatively constant throughout most of the average working day. (essentialvermeer.com)
直射ではなく、拡散していて、一日を通じて比較的安定している。これはまさに、現代のマタニティ撮影で大きな窓やソフトボックスに求めている性質そのものですね。Vermeer は三つの大きな北窓から入る「cool, constant light of the north」を使って描いていたとされます。窓ぎわのやわらかい光は、400年前から続く撮影の足場だと言えそうです。
2. 光の名前は画家から来ている——レンブラント、ループ、バタフライ
ポートレートの光には名前がついています。そしてその筆頭が、画家の名を冠したレンブラントライトです。定義はシンプルで、影側の頬に小さな三角形の光が残るのが特徴です。
Rembrandt lighting is characterized by an illuminated triangle (also called "Rembrandt patch") under the eye of the subject on the less illuminated side of the face. (Wikipedia: Rembrandt lighting)
ここで起源の話を、少し慎重にしておきたいんです。「レンブラントが発明した光だ」と言い切りたくなりますが、出典を見るとそうは書けません。写真・映画用語としての「Rembrandt lighting」という呼び名は、画家本人ではなく、20世紀ハリウッドで生まれたとされます。PetaPixel はこう整理しています。
Although the term 'Rembrandt lighting' is named after the 17th-century Dutch master painter whose portraits are known for the lighting concept, it was actually coined in Hollywood in the 20th century by renowned movie director Cecil B. Demille. (petapixel.com)
Wikipedia も「Cecil B. DeMille is credited with the first use of the term.」と、断定ではなく credited(〜とされる)という言い方をしています。なので正確には、技法そのものは画家より前から存在し、その呼び名が後世にDeMille に帰せられている、という整理になりますね。「レンブラントが名づけた」と書くのは、ちょっと行き過ぎかもです。
光の名前はほかにもあります。ループライトは、鼻が頬に落とすループ状の影から来た呼び名です。
The name 'loop lighting' comes from the loop-shaped shadow that appears on the subject's cheek, created by the nose. (wallpics.com)
そしてバタフライライト。キーライトを顔の上方から下向きに当て、鼻の真下に蝶の形の影を作る手法です。
Butterfly lighting is a lighting pattern used in portrait photography where the key light is placed above and pointing down on the subject's face. (studiobinder.com)
このバタフライ、別名を「Paramount lighting」と言います。名前の由来がまた映像史そのものでして。
It's also called 'Paramount lighting,' named for the Hollywood studio and how they lit their most glamorous and beautiful actresses. (studiobinder.com)
マタニティのグラマラスなシルエットを撮るとき、上からのバタフライ気味のライトが効くことがありますが、それはハリウッドが女優を美しく見せるために磨いた光と同じ系譜なんですよね。ループとバタフライの関係は、SLR Lounge が「同じ正面位置から始めて、キーを上げていくとバタフライ、もう少し横へ振るとループ」という連続体として説明しています。光は離散的な「型」というより、角度の連続なんだなと改めて思います。
3. 明暗法(キアロスクーロ)——肌のトーンを彫刻する考え方
光の名前の話を一段抽象化すると、明暗法、キアロスクーロにたどり着きます。これは美術史の用語で、定義はそのまま「光と闇」です。
In art, chiaroscuro ... lit. 'light-dark' ... is the use of strong contrasts between light and dark. (Wikipedia: Chiaroscuro)
そして、この技法の使い手として名が挙がるのが、Leonardo da Vinci、Caravaggio、Rembrandt、Vermeer といった面々です。
Artists known for using the technique include Leonardo da Vinci, Caravaggio, Rembrandt, Vermeer, Goya, and Georges de La Tour. (Wikipedia: Chiaroscuro)
ここまで読むと、さっきのレンブラントライトや窓光が、ばらばらの技ではなく一本の系譜に乗っていることが見えてきます。Rembrandt も Vermeer も、強い明暗の対比で立体を彫刻していた人たちで、現代のポートレート照明はその語彙を引き継いでいる。新生児の小さな顔に、つぶれない影でほんのり立体を出す——あれは規模を縮めたキアロスクーロだと考えると、腑に落ちる気がします。これは出典に書いてある事実ではなく、点を繋いだ私の解釈なので、推測として受け取ってください。
肌のトーンの「とろけ方」についても、絵画側に近い概念があります。Leonardo の sfumato です。
Sfumato...is a painting technique for softening the transition between colours, mimicking an area beyond what the human eye is focusing on, or the out-of-focus plane. (Wikipedia: Sfumato)
色やトーンの境目をやわらかく溶かし、out-of-focus な面を模す——これ、レンズの浅い被写界深度でやっていることと発想がよく似ているんですよね。Leonardo は「the most prominent practitioner of sfumato」とされ、その背景には光学や人間の視覚の研究があったと書かれています。やわらかい大光源+浅い被写界深度で肌の階調をとろけさせるのは、sfumato の撮影版だと言えるかもです。ここも私の解釈なので、推測として。
4. 母と子の構図——聖母子像の三角形
マタニティとニューボーンには、構図の面でも強烈な美術史的背景があります。母と子という主題は、西洋絵画の中心モチーフのひとつ、聖母子像(Madonna and Child)そのものだからです。
The Madonna and Child type is very prevalent in Christian iconography. (Wikipedia: Madonna (art))
同じ出典は、この主題がルネサンスの図像において「a dominant subject」であり続けたとしています。つまり、母と子をどう画面に収めるかという問いは、何百年も前から徹底的に研究されてきたわけですね。
その研究が結晶したのが、三角形(ピラミッド)の構図です。Raphael の「Madonna in the Meadow」を論じた解説は、こう書いています。
The painting presents a pyramidal composition, a technique Raphael adopted from Leonardo da Vinci. This triangular arrangement creates visual stability and guides the viewer's eye throughout the scene. (artincontext.org)
ピラミッド型の配置が「visual stability(視覚的な安定)」を生み、視線を画面内に導く。これは Raphael が Leonardo から受け継いだ技法だとされています。Leonardo 自身の「Virgin of the Rocks」でも、四人の聖なる人物が三角形の構図にまとめられていると説明されています。
...the Virgin Mary, the Christ child, the infant John the Baptist and an angel arranged into a triangular composition within the painting... (Wikipedia: Virgin of the Rocks)
マタニティ撮影で、母親が赤ちゃんを抱える、あるいはお腹に手を添えるポーズを組むと、自然と頭頂を頂点にした三角形ができます。あれは偶然きれいに見えるのではなく、安定をもたらす形としてルネサンスの画家たちが磨き上げた構図と、同じ骨格を踏んでいるんですよね。被写体が母と子であるかぎり、私たちは知らず知らず聖母子像の文法をなぞっているのかもしれません。
5. ミニマルな背景とニューボーンの安全——ここだけは推測で書かない
最後に、背景と安全の話をまとめてしておきます。
ニューボーン撮影では、背景を引き算するのが定石です。ニュートラルで余計な要素のない背景が、赤ちゃんを主役に保つからですね。
Soft whites, tans, and greys don't compete for attention; instead, they create a clean, minimalist setting that allows the baby to take center stage. (daniadamsbarryphotography.com)
被写体のまわりを意図的に空けるネガティブスペースの考え方とも通じます。背景を最小化して被写体を孤立させることで、ディテールに注意が集まる——ポートレートでも映像でも、引き算は同じ効きをします。
そして、この分野の様式を一人で塗り替えたのが Anne Geddes です。赤ちゃんを花や動物、「peas in a pod」に見立てた、あの作風ですね。
Her tiny baby models were photographed as fairies, gnomes, sunflowers, water lilies, field mice, ladybugs, and peas in a pod in this magical and fun-filled book. (petapixel.com)
ここで、いちばん大事な安全の話に入ります。Geddes 的な「ありえない可愛さ」のポーズ——たとえば赤ちゃんが両手にあごを乗せて眠る、いわゆるフロッグポーズ——は、実は一枚撮りではありません。複数の写真を合成した composite であることが、業界の前提になっています。
新生児写真の安全を専門に扱う The Milky Way は、フロッグポーズの作り方をこう明記しています。
If the froggy pose is something that you offer, you should be taking two images – one with hands holding up the head, and then another with hands holding the wrists – and then merged in Photoshop. (themilkyway.ca)
頭を支えた写真と、手首を支えた写真。最低でも二枚を撮って、Photoshop で合成する。つまり実際の撮影中、赤ちゃんは常に誰かの手で支えられていて、その支えの手を合成で見えなくしているわけです(「手を消す」という工程そのものを一文で明言したソースは見つけられなかったので、ここは合成の論理的な帰結として書いています)。
団体レベルでも、この「常に支える」原則は明文化されています。NAPCP(National Association of Professional Child Photographers)の認定基準は、不自然・直立・無支持に見えるポーズについて、こう求めています。
For any image portraying a newborn in a questionable, upright, and/or unsupported position, all supporting image files (SOOC) must be submitted upon request showing the nature of the composite image and the safety of the newborn (being supported) at all times. (napcp.com)
合成元の素材を提出させ、赤ちゃんが「at all times」支えられていたことを示せ、という要求です。見た目の魔法の裏に、必ず支える手があった——それを証明できなければ認定しない、という姿勢ですね。
そして医療的にいちばん重い点が、気道です。新生児のポーズ安全を啓発する StandInBaby は、あごを胸につける姿勢の危険をこう説明しています。
In newborns, the airway kinks (like a straw) due to the heavy weight of their head, resting their chin on their chest. (standinbaby.com)
頭が重いぶん、あごが胸についた姿勢ではストローが折れるように気道がつぶれる。新生児は鼻呼吸が中心で気道が未発達なため、姿勢性の窒息に弱い、とも書かれています。同じ出典は「Always remain within arms reach of baby.」と、常に腕の届く範囲にいることを求めています。
ここは作品性の話ではなく、命の話です。だからこそ、私はこの段落だけは推測や憧れで書かず、団体と啓発組織の指針だけを引いています。美しいポーズに惹かれる気持ちはわかりますが、その美しさは「常に支える手」と「合成」という安全設計の上に成り立っているんですよね。撮る側がそこを理解しているかどうかが、たぶんプロとそうでないものを分ける一線だと思います。
まとめ——技法はジャンルを越えて地続き
こうして並べてみると、マタニティ/ニューボーン撮影は、映像のDPが持っている語彙でほぼ読み解けることがわかります。やわらかい大光源は窓光と物理から、光の名前はレンブラントやハリウッドから、明暗の彫刻はキアロスクーロから、母と子の三角形は聖母子像から来ていました。ジャンルが変わっても、光と構図の文法は地続きなんですよね。
唯一、安全だけは別格でした。ここは美意識ではなく、団体の指針と医療的な事実が支配する領域です。技法は絵画史から自由に借りていい。でも安全は、借り物ではなく遵守すべき規範として扱う。その線引きさえ押さえておけば、撮影監督の眼は、母と子の前でもちゃんと役に立つ気がします。
Curated by Ryo
島田のコメント
キアロスクーロは知らなかったですね。概念としては私も全てのライティングで意識してることが言語化されていて分かりやすい(がそこまで新たな発見はない…) 多分片手間にX100Vでパシャパシャ撮るぐらいが多いので、もうちょっとカジュアルなファミリー写真を撮る上で意識することみたいなの知りたいですね。