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「カメラマンの空間把握能力」は本当に必要なのか——脳内に3Dを描けない人がピクサーを率いた話

DP空間把握能力アファンタジア心理学プリビズクロスドメイン

Curated by Ryo

なぜこの記事を選んだか

私はロケハン時に3Dでロケ地を思い浮かべ、どこから撮るかもどこから照明作るかも考えてます。 「うまいカメラマンは空間把握能力が高い」という人もいました。が、実際どうなのかリサーチしてもらいました。

AI構成島田の発想・思考をもとに AI が構成しています。/ 選定・確認: 島田龍

撮影の現場でよく聞く話があります。「いいカメラマンは、頭の中でシーンを立体的に思い浮かべて、どこにカメラを置けばいいか瞬時に分かる」というものです。ロケハンをしながら脳内で画を組み立てていく感覚は、多くの撮影者にとって馴染み深いものだと思います。事前に完成形を頭の中に描いてから現場に入る、という流儀は、映画史の中でも一つの美徳として語られてきました。

ただ、この「脳内3Dレンダリング能力」が撮影という仕事に本当に必要な条件なのか、掘っていくと案外あやしい足場の上に立っている話だと分かってきます。

ピクサーを率いた男は、頭の中に何も見えていなかった

一番わかりやすい反証は、映像づくりの中枢にいた人物から来ます。

Pixar と Disney Animation の元社長 Ed Catmull はアファンタジア、つまり意識的に視覚イメージを思い浮かべることができない体質だったそうです。『リトル・マーメイド』のアリエルを生み出したアカデミー賞アニメーター Glen Keane も同様だったと伝えられています(The Conversation / The Guardian)。アファンタジアは人口の2〜5%程度に見られるとされていて、極端な少数例というわけでもなさそうです。

Catmull は Keane のことを "one of the best animators in the history of hand-drawn animation"(手描きアニメーション史上屈指のアニメーター)と評しています。頭の中に画が浮かばない人が、手描きアニメーションの歴史に残る仕事をしていた、ということですね。

では代わりに何をよりどころにしていたのか。手を動かして描く行為そのものが、フィードバックループになっていたようです。"Each change, perceived, suggests the next, in a feedback loop."(一つの変化を知覚するたびに、それが次の変化を示唆する、というフィードバックループ)という説明が紹介されています。Keane は最初から完成形を思い浮かべるのではなく、"scribbles"(走り書き)から始めて、紙の上での反復によって画を詰めていったそうです。内的な完成画ではなく、外部に出した線を見ながら次の線を決めていく——このやり方でも、史上屈指と呼ばれる仕事はできる、ということになります。

「鮮明に見える」ことは、実力の証明にならない

「自分は頭の中でかなりはっきり画が見える」という自覚は、では実力の裏付けになるのでしょうか。心理学の研究を見る限り、そう単純ではなさそうです。

心理学者の Dean と Morris は2003年の研究で、こう指摘しています。"A puzzling question arising from imagery research is why no relationship has been found between self-reports of imagery and performance on spatial tests thought to require the use of imagery."(イメージ研究から浮かぶ不思議な問いは、なぜイメージに関する自己申告と、イメージの使用を要すると考えられる空間テストの成績のあいだに、これまで関係が見出されてこなかったのか、というものである)(Dean & Morris 2003)。

つまり「鮮明に見える」という主観的な自己申告(VVIQという指標で測られます)は、空間テストの成績とはほぼ無関係だったということです。一方で同じ研究では、イメージを鮮明さではなく処理の過程として捉える新しい質問紙のほうは、空間テストの成績と一貫して相関していたとも報告されています。「見えている感覚の強さ」ではなく「頭の中でそれをどう操作しているか」のほうが実力に近い、ということですね。はっきり見えているかどうかより、動かせるかどうかを気にしたほうが良さそうです。

そもそも、能力の種類が違うかもしれない

「立方体を回転させる問題が苦手だから、自分は空間把握が弱い」と考えてしまう人もいるかもしれません。ただこれも、心理学的にはやや雑な話です。

心理学では空間能力をいくつかの下位分類に分けて考えます。Newcombe と Shipley が提案した類型では、物体そのものを頭の中で動かす mental rotation(心的回転)は「intrinsic-dynamic」というカテゴリーに、「自分がどの視点に立てばどう見えるか」を考える perspective taking(視点取得)は「extrinsic-dynamic」という別のカテゴリーに分類されます(Newcombe & Shipley / Frontiers in Psychology)。「部屋のどこにカメラを置くとどう見えるか」という判断は、この類型に沿って考えるなら perspective taking に近い extrinsic-dynamic の能力だと考えられます(ここは類型からの推測で、直接そう検証されたわけではありません)。

Hegarty と Waller の2004年の研究では、この視点取得の能力は mental rotation とは分離可能で、訓練の効果も物体回転の訓練とは別に、視点取得課題そのものへ転移することが示されています(Hegarty & Waller 2004)。立方体を回すテストの成績と、部屋のどこにカメラを置けばいいか判断する能力は、別モノとして扱ったほうが筋が通りそうです。

現場のプロも、割れている

理屈の話だけでなく、現役の撮影監督たちの発言を見ても、脳内シミュレーションの位置づけは一枚岩ではありません。

Roger Deakins ははっきりプリビズ(事前の視覚化)に否定的です。"I've got to say, I don't like previs. I've only done previs once."(正直に言うと、プリビズは好きではない。一度しかやったことがない)と語っています(Before & Afters)。ただ、この発言をよく読むと、Deakins が危険視しているのは「頭の中で空間を想像すること」そのものではなさそうです。彼が問題視しているのは、外部化されて全員に共有されたプリビズが、俳優も含む現場全員を「これをやるんだ」という一つの答えに固定してしまう社会的な機能のほうです。"if the actors are seeing it, then suddenly it all becomes, 'Oh, this is what we are doing.'"(俳優たちがそれを見てしまうと、突然すべてが「ああ、私たちはこれをやるんだ」ということになってしまう)とも述べています。個人の脳内シミュレーションと、共有されたプリビズ成果物は、別のものとして扱う必要がありそうです。

一方、対極にいるのが Alfred Hitchcock です。"I like to have a film complete in my mind before I go on the floor."(現場に入る前に、映画を頭の中で完成させておきたい)と、事前の完成主義を明言しています(BFI)。ただ、同じエッセイの中で Hitchcock は、最初のアイデアが浮かぶときの様子を "a sort of haze with a certain shape"(ある形を持った、一種の靄)と書いてもいます。事前計画の権化のように語られる Hitchcock ですら、脳内にあるのは写真のような完成画ではなく、輪郭だけを持った靄だった、ということですね。「脳内で3Dレンダリングしている」というイメージは、この時点でだいぶ相対化されてしまう気がします。

さらに面白いのは、Deakins 自身が作品によってやり方を変えていることです。彼は自身のフォーラムで、『1917』では数ヶ月前からショットを決めていた一方、『エンパイア・オブ・ライト』では撮影当日に俳優と一緒にカメラのショットを決めていたと語っています(Roger Deakins Forum)。同じ人物が、作品の要求に応じてやり方を切り替えているわけです。同じフォーラムで彼は "There is no 'right' way!"(「正しい」やり方などない)とも書いています。しかも彼はその書き出しで "It varies from film to film."(作品によって異なる)とはっきり述べています。つまり事前シミュレーションをどこまでやるかは、撮影監督としての資質や性格というより、作品ごとに選ぶ「方法」だということになります。「頭の中で組み立てる派か、現場で決める派か」という二分法そのものが、あまり良い問いの立て方ではないのかもしれません。

外科手術と工学教育——測られている領域、まだ測られていない領域

映像の外に目を向けると、空間能力が職業スキルとどう関係するかを、実際に数値で測っている領域があります。

腹腔鏡手術はその一つです。視空間能力と手術スキルの関係を調べたメタ分析では、相関係数 r=0.32 という中程度の相関が報告されていて、なかでも3次元的で動的な空間能力のほうが、静的で内在的な能力よりも強く相関していたそうです(メタ分析)。モニター越しに見た2次元映像から立体的な体内構造を把握して手を動かす作業ですから、空間能力が問われる場面が分かりやすいですね。

工学教育でも、空間能力を鍛えるカリキュラムが実際に効果を上げています。Sorby らが開発した工学系の空間スキル訓練プログラムはその代表例です(Sorby 2009)。より広く見ると、空間スキル訓練全体を対象にした Uttal らの2013年のメタ分析では、217本の研究を分析した結果、訓練の効果量は外れ値を除いた平均で Hedges's g = 0.47(SE = 0.04)と報告されています。この効果は時間が経っても目減りせず、直接訓練していない別の空間課題にも転移したとされています(Uttal et al. 2013)。空間能力は生まれつき決まっているだけのものではなく、鍛えられる部分がある、ということですね。

ただ、ここは両論併記が必要なところです。訓練の効果がどこまで「遠く」に転移するかについては、懐疑的な研究もあります。Sala らのメタ分析は、出版バイアスやプラセボ対照を考慮すると、遠転移の効果はほぼゼロに近づくと報告しています(Sala et al. 2019)。立方体を回すテストの成績が伸びたからといって、それが現場でのカメラ配置の判断力向上を意味するとは限らない、ということです(この点は直接検証されているわけではなく、推測です)。

そして皮肉なことに、撮影監督についてはこの手の直接的な研究がまだ見当たりません。標準化された空間能力テストの成績が、写真家や撮影監督としての職業的な成績を予測するかどうかを調べた査読研究は、少なくとも今回調べた範囲では確認できませんでした。外科手術では測られていて、工学教育でも測られている。ただ映像の世界では、まだ誰も測っていないようです。

鍛えるべきは「予測して、外して、直す」ループ

ここまでの話をまとめると、鍛えるべきものは「頭の中で鮮明に画を思い浮かべる力」そのものではなさそうです。Ed Catmull も Glen Keane も、鮮明な内的イメージなしに一流の仕事をしていました。VVIQで測る鮮明さは、空間テストの成績とも無関係でした。

心理学者の Kahneman と Klein は、直感的な判断が本当に信頼できる技能として育つ条件として、①手がかりが安定していること、②十分な学習機会があること、③速く曖昧でないフィードバックが得られること、を挙げています。そして主観的な自信の強さそのものは、精度の指標にはならないとも指摘しています(Kahneman & Klein 2009)。

撮影の現場に当てはめて考えると、「予測して、実際に撮ってみて、ズレを見て、直す」というループを回せる場面こそが、この条件に近いのかもしれません(映画の現場そのものを対象にした研究ではなく、あくまで推測です)。ただし、このループがうまく回るのは、幾何学と光学に関わる部分——画角、カメラの高さ、影の落ち方——に限られそうです。俳優の演技や、その場で起きる偶然のような要素は、あらかじめ校正のしようがありません。

「脳内で完成形を鮮明に見られるかどうか」を空間把握能力の証明だと思い込む必要は、どうやらなさそうです。大事なのは、外に出した予測と、実際に返ってくる結果とのズレを、どれだけ律儀に見て直しているか、という地味なループのほうかもしれません。

Curated by Ryo

島田のコメント

直感的には空間認識能力の高さは、早く効率的にアングル設計するのに必要=たくさんトライアンドエラーできて良い画を作りやすい、という気がしますが、意外とそうでもないのか...本当に?という感じです。 とりあえず「あ、あそこから狙うと面白い画が撮れそう」と思ったら、それがどんな画か想像しながらカメラを構えてみる→ズレを知って校正する、は習慣にして良さそうですね。これも無意識に既にやってる気はしますが。